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1890年、アメリカの大陸開拓の歴史にひとつのピリオドが打たれた。
国勢調査報告書が、フロンティアラインの消滅を告げたのだ。
ゴールドラッシュによる、カリフォルニアへの大量の人口流入、
1862年に制定された大陸横断鉄道建設の法律制定から7年の歳月を経て、
1969年にはアメリカ大 陸の東と西を結ぶトラフィックラインも完成していた。
また、商業的にも、1886年にはリチャード・ウォーレン・シアーズが、
世界初のメイル・オーダーでの販売を開始し、広い大陸をひとつに包括していったのだ。 しかし、ジーンズはまだまだ未開の分野であり、機能開発のフロンティアは継続して行なわれていく。 国勢調査報告書がフロンティアの消滅を宣言した同年、リーバイス(R)のジーンズにロットナンバーが採用された。 すべてのジーンズの原形とされ、時代と共に進化し続けている「501(R)」の品番だ。 これは、商品が愛称ではなく、ナンバーとして親しまれる消費文化の創造でもあった。 そして、品番導入というシステマチックな進化だけではなく、501(R)は製品的にも、ふたつの進化を遂げている。 ヒップへのフィット感を向上させるバックヨークが採用され、 ウォッチポケットがフロント右ポケットへ付けられたのだ。 ウォッチポケットは、その名の通り、懐中時計を忍ばせるための機能ディテールとして生まれた。 後に、腕時計が普及すると、コインを入れるためのコインポケットとして名称を変化させ、 ジーンズの象徴ともなるディテールのひとつとして継承されていく。 そして、そのポケット口の両端には、ジーンズのもうひとつの象徴となるリベットが、 がっしりと打ち込まれていた。 |
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| 1890年は、リーバイ・ストラウス社のリベット付き衣料に関する特許権の期限が切れて、ジーンズが社会の共有財産となった年でもある。フロンティアラインの消滅が宣言された年に、世界へと波及するジーンズのフロンティアがスタートしたというのも、興味深い歴史の綾と言えるのではないだろうか。 そして、この時代には、アメリカの発展を根底から支えるワーカーたちの身体をプロテクトし、労働の運動性を高めたワークウエアを提供する老舗ブランドがリリース されている。1884年のカーハート社、1889年のH.D.リー・マーカンタイル社に引き続 き、1895年にはオシュコシュが誕生し、1904年にはハドソン・オーバーオール・カンパニーが創設されたのだ。 ハドソン・オーバーオール・カンパニーは、C.C.ハドソンの手によりノースカロライナ州グリーンズボロで創業を開始し、1910年にはブルーベル・オーバーオール・カンパニーと名称を変更する。この会社は、後にラングラーを生み出す企業の母体である。但し、1905年の時点では、ラングラーという商標は、同じワークウエア製造会社、ケーシー・ジョーンズ社が所有しており、時代の流れと共に行なわれる企業合併が、ラングラー・ブランドの誕生を実現させることになるのだ。 |
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