Meintenance Of Jeans

from 1910 to 1919
1914年8月、第一次世界大戦が勃発するも、アメリカは時の大統領ウイルソンによる中立宣言により戦時下におかれることはなかった。 しかし、平和の時も 束の間、1917年4月、ドイツに宣戦布告。 その結果として200万人以上ものアメリカ兵士がヨーロッパ大陸に派兵されることになった。
第一次世界大戦勃発前夜の1913年、そんな兵士たちのユニフォームともなるワークウエアの名品が誕生した。 当時、ヘンリー・デヴィッド・リーは、お抱え運転手の運転による自動車で会社へ足を運んでいた。 その道すがらか、運転手はリーに画期的な労働着の提案をする。 運転手は、下回りの点検やタイヤ交換の度に制服を労働着に着替えなければならない不便を訴え、 制服の上からでも身に纏えるワークウエアはないものかと進言したのだ。
リーは、このアイディアを元に、洋服の上から身体をすっぽりと包み込むワークウエアを企画、製造に乗り出す。 これが、ユニオンオールと呼ばれるリーの初期の名品の誕生逸話だ。 ユニオンオールは、リー社のヒット・アイテムとなり、リー社は運転手の貢献に敬意を表し、 退職時には特別に5千ドルを贈与したという。 この逸話は、アメリカのソフトに関する価値観念を知る事実としても興味深い。
ユニオンオールが、陸軍のオフィシャルな作業着として採用されたのは、 アメリカが第一次世界大戦に参戦した1917年のこと。 ワークウエアとしての機能は、戦争という過酷なフィールドでも同様の機能を発揮したのだ。
一方、1916年には、後にC.C.ハドソンのブルーベル・オーバーオール・カンパニーと合併するワークウエア製造会社、 ジェリコ・クロージング・マニ ファクチュア・カンパニーが創業を開始。 1919年には、米国ワークウエア史に名を残すワークウエア・ブランド、 ビッグベンを輩出するビッグベン・マニ ファクチャリング・カンパニーへと改名。 ラングラー・ジーンズの母体がまたひとつ始動を始めたのだ。
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●写真資料提供/エドウィン、リーバイ・ストラウス ジャパン