| リーのカウボーイパンツも、大戦中にはディテールの省略化が行なわれ、大戦モデルを輩出している。そして、第2次世界大戦終結直前の1944年、カウボーイパンツのネーミングをライダースへと変更する。これは、ヘアオンハイドラベルからトゥイッチラベルへの変更同様に、よりスタイリッシュな進化とも言える。 但し、戦時下のこと、まだまだ過渡期的な変更であり、フラッシャー(紙ラベル)の形状は、カウボーイパンツに使用されたフラッシャー同様の四角形で、描かれたイラストも荒野で暴れ馬に跨がるカウボーイという、カウボーイパンツの構図を受け継いでいる。また、フラッシャーにリー・ライダースと記されてはいても、フロント最上部のドーナツボタンへの刻印は依然としてリーカウボーイであった。その中でも、フライフロントのボタンがドーナツタイプからカバータイプへと進化していることは見逃せない。このモデルは1944年モデルとして、現在もリーのリアルヴィンテージシリーズの復刻版で、その魅力に触れることができる。 そして、戦後の翌1946年に、現在の5ポケットスタイルを身に纏ったリー・ライダースが登場する。これは、雑誌広告でも大々的に宣伝され、イメージを一新したフラッシャーがメインビジュアルとして使用された。ポケットをかたどったフラッシャーに描かれたイラストの背景は、荒野からロデオ会場へ、暴れ馬に跨がるカウボーイも、より完成されたスタイルとなっている。そして、トップボタンはカバータイプになり、そこにはリー・ライダースの文字が刻印され、リー・カウボーイは、正式にリー・ライダースとして生まれ変わり、その後のジーンズ史の中で、名品として語り継がれていくことになる。 |
||
![]() |
||
![]() |
||
| H.D.リー社は、リー・ライダースをリリースした年に、サンフランシスコのワークウエアメーカー、エロッサー・ハイネマン社を買収し、積極的にビジネスの可能性を追求していく。同社は、「キャントバステム」、「ボス・オブ・ザ・ロード」、「フリスコジーンズ」などのブランドを擁した西海岸での有力ワークウエアメーカーであり、その名品たちはリーのブランドを冠して、全国的に波及していくことにもなった。 また、ブルーベル社は戦時下の1943年に、ラングラーの商標を持つケーシー・ジョーンズ社を買収。そして、1947年に、いよいよラングラー・ブランドのジーンズをリリースしていく。ターゲットは、リー同様にカウボーイではあったが、ハリウッド的な洗練されたイメージを醸しだしていた。 それは、初リリースの翌年に、ブルーベル社がラングラーのデザイナーとして、ロデオやハリウッドのウエスタンウエアデザイナーとして活躍していたロデオ・ベンを迎え入れたことに起因しているといえるだろう。そして、ジーンズの製造にデザイナーを起用すること自体、画期的なことであった。 ロデオ・ベンは、身体のラインにフィットするテーラードフィットを採用したり、革のラベルがサドルと癒着を起こすことから、プラスティックへ変更するなどの改革を行った。また、サイレントWと呼ばれるラングラーの頭文字であるWをデザインしたバックポケットステッチも採用された。 1949年には、リーとラングラーはレディース用のジーンズを開発し、デビューさせる。リーは「レディ・リー・ライダー」、ラングラーは「レディ・ラングラー」と命名したシリーズで、これは、よりジーンズの可能性を広げようとする時代背景を垣間見るエピソードのひとつでもある。 また、日本では1940年にビッグジョンの前身、1946年にはドミンゴの前身となる縫製会社が創業していることも見逃せない史実であるといえるだろう。 |
||
![]() |
||
![]() |
![]() |
●真資料提供/リー・ジャパン、リーバイ・ストラウス ジャパン |





