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1950年代、第2次世界大戦の戦勝国としてアメリカは経済の高度成長の道を辿る。
国民の実質購買率は1946年から'60年の間に22%、'70年までには38%も増加した。
その結果としてベビーブームが起こり、郊外での住宅建設ブームへと連鎖した。
この郊外コミュニティは、1947年に始まり'56年にさらに拡大された高速道路建設が大きく影響した。 経済成長により芽生えた豊かな生活を享受できる中産階級であるという国民の意識は、 出世街道を歩くのが理想の人生という画一的な規範を作り上げたが、 若者達にはその規範に反抗するという心模様が芽生え始めた。 そこで生まれたのがティーンエイジャーという概念だ。 それまでの子供から大人へという二者択一の短絡的な図式は、経済の豊さの中で崩壊していったといえる。 そして、ティーンエイジャーがホワイトカラーになる道を強制する大人への反抗の旗印としたのは、 それまでにないビートを持つ音楽として登場したロックンロール、 そしてブルーカラーのユニフォームとして存在したジーンズだったのだ。 それは、当時封切りされた『乱暴者』『理由なき反抗』などの映画を見れば、手に取るように分かるだろう。 そんな社会情勢の中で、ジーンズはより進化の道を辿っていく。 それは、増加する需要に追い付くための供給策でもあった。 デニムは荒々しさではなくスムースな雰囲気になり、 ディテール的にも現在のそれと同じシンプルなスタイルへと進化していく。 リーバイス(R)の501(R)XX復刻版を並べてみれば明白だ。 ファーストの125、'30年代のウエストオーバーオール701、 '30-'40年代の501(R)XXcなどと'50年代前半モデルの50Sを比較すれば、 シルエット、ディテールなどすべてにおいて洗練されてきたのが分かる。 '50年代のアメリカ黄金期は、世界が目指した豊かな社会環境を生みだすと同時に、 若者文化を促進し、その流れの中でジーンズをも成長させて行ったのだ。 |
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